なぜ議論は“白か黒か”の2択ばかりなのか?
最近、移民・反移民、拡張財政・緊縮財政、グローバリスト・反グローバリスト
どちらが一方だけが正しいと言わんばかりの二者択一の議論が目につく。
なぜこんな“白か黒か”の世界になって議論することが多くなってきたのでしょうか?
① 人間は複雑を嫌い、単純に飛びつく
本来は、
……数字を見ながらグラデーションで作る政策をしないと未来なんて語れない。
でも残念ながら、
脳みその構造は、複雑を嫌う傾向があるようです。
「移民を入れるべきか否か」
「財政拡張すべきか否か」
こういう“簡単なストーリー”に逃げる方が、人間にとっては心地よい。
複雑なグラデーションを理解するより、
白か黒かで決めてしまったほうがストレスが少なくなるらしい。
② SNSのアルゴリズムは「極端」を好む
今のSNSの構造では、
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感情的
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わかりやすい敵
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危機を煽る
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断言口調
これらが圧倒的に拡散される。
「移民は日本を破壊する!」
「財政拡張こそ唯一の道!」
こういう“極端な意見”が跳ね上がる一方、
「数字見ながら、最適なバランスを探そう」という
真面目な議論は埋もれる運命にある。
SNSで当たり前の論理的な議論は目につきにくくなるようです。
③ 政治家は敵と味方を作ったほうが票になる
政策は本来、分野ごとの数字と現実路線で決めるもの。
でも選挙では、
「善と悪の構図をつくる人」が勝ちやすい。
だから政治家も、
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「移民を止めろ」
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「すぐに減税すべき」
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「財務省が日本を悪くした」
と、白黒の物語を語る。
④ SNSの“派閥”での対話が消える
人間は本能的に“派閥”を作る傾向があるらしい。
いったん派閥が形成されると、
「自分の側」の意見を盲目的に信じやすくなる。
つまり数字をみて分野ごとに細かくグラデーションで考えずに思考停止するらしい。
「数字を見て冷静に考えよう」
と言う人は、派閥から距離を置かれて意見が埋もれていく。
結果、白黒の極論だけが残る。
結局、求められているのは“最適化”
国の財政も、移民も、金利も、
本来は2択ではなく“分野ごとに細かな数字をもとにグラデーションで議論すべき”。
日本の人口減少は確実に起こるシナリオなのに、移民反対ですべてを拒否して思考停止する意見も数多くみられる。
右とか左とか以前に構造を理解して現実の数字をみて議論すべきと感じる。
最後に:数字で語る人が埋もれやすく少数派に
SNSにいると
「声が大きい人が正しいように見える」。
でも本当に価値があるのは、
**“数字を見て現実を語る人”**です。
そして残念ながら、
そのタイプの人ほど、SNSで発信しないし、発信しても埋もれやすい。
このブログを見て下さっている人は、今のSNSでの極論に嫌気がさしているのでは?
そして、周囲の人を見まわせば極論に振り回されている人が少し多くなったと感じるのでは?
数字をみながら経論には左右されずに、右でもなく、左でもなく、構造的にグラデーション主義で考えられるように気を付けないとなーと思い、記事を書いてみました。