決算シーズンを終えて、少し時間できたので、久々にコラムでも書きます。
今回はずはりお金について思うことを書いてみます。
お金との上手な付き合い方
投資の仕事をしていましたら、どこかに稼げる優位性が落ちていないか各企業を調べたり、商品先物・為替の値動きをみたりと、四六時中お金にまつわることを考えています。すると、徐々にプライベートでもお金を尺度にして物事を考えてしまう癖がついていることに気づきます。これには良い面もあれば悪い面もあるので、注意しないと人生の楽しさを半減してしまうと最近思うようになりました。
お金を基準の尺度にしてしまうと
例えば、持ち家派か賃貸派かの話でも、よくコスパの尺度で考える理屈が目立ち、有名インフルエンサーや有名投資家が若くして住宅ローンにしばられて家を買うやつはバカだ、みたいな意見をみかけます。しかし、家を買うということは、その地域に根付き、近所と付き合い、家族を発展していく土台を作るという面では、お金の尺度では測れません。いずれ正月に孫がお年玉をもらいにきて、おせち料理をたべにくるなんてプライスレスですから。
仕事にしても、社会貢献ややりがい、自分の見聞が広がる、良い上司や部下、ここら辺は給与面ではカウントできない部分です。妻が医療従事者なので、よく祖父に「小さな医院つくって独立したらもっと金銭面・時間面で楽できるからはやくしたら?」と散々言われました。私もそう考えていましたが、妻は一向に拒否し続けます。そこにやりがいは感じず、薄給でも大学に残って様々な病気と向き合える仕事をしたいとのことでした。月によれば、交通費で赤字がでるほどの薄給でしたから心配した祖父が薦めたのも無理はありません。
こうすればもっと儲かるのに!楽できるのに!と他人に対してお金の尺度を基準として考える時点で余計なお世話になってしまいます。資産をもっていて不幸に感じている人はたくさんいてますしね。最近よく聞くFIREも、独立できる資金を持つことは素晴らしいことですが、仕事やめて何もしないという意味合いで使う人がいますが、これには賛成しかねます。知的好奇心・やりがいをどこかに見つけないと人生がつまらないものになってしまうからです。
上手な距離感
私の場合は、きれいごとはいってられず、今後お金がかなり必要な事情があり、前職を退いてから、毎日投資で資金を増やすことばかりを考えて過ごしています。
しかし、お金に振り回されるのは、あくまで仕事中だけにとどめて、プライベートでは一定の距離感を持って「それはそれ、これはこれ」と区別していくように気を付けてていきます。お!白洋舎の株価が上がってきた!「結局振り回されています」(-_-;)